アル中伝説 1

やっと酒をやめる気になった。

やっぱり僕は、アル中だった。

そもそも昼間から酒を飲みだしたのは、  

妻と離婚してからだった。

缶ビールを昼間から1リットル程、飲んでいた。

それでも今より酒に強く

仕事も余裕でこなしていた。

そのうえ晩酌もしていたので

1日中、アルコール漬けで

γGTPもかなり高かった。

それでも、かなり体調が悪くても

1日も欠かさず酒を飲んでいた。

子供達が、家に帰ってきても寝ていたので、

チャイムの音にも気がつかず

結局、子供たちは実家にお泊りすることになる。

それでも酒を浴びる程、飲んでいた。

4リッターの焼酎のペットボトルが飛ぶ様になくなっていったものだ。

つい最近までは、「いいちこ」しか飲まなかったけれど

当時は、質より量で

まるでエタノールのような味のしない焼酎を飲んでいた。

僕の体は、ぶくぶく太っていった。

よく体を壊さなかったものだ…

それからビールでは酔わないので

缶酎ハイを1・5リッター飲むようになる

仕事の合間に、ちょこちょこ家に帰り500ミリリットルの缶酎ハイを3本飲んでいた。

そもそも離婚する前は酒を飲んで仕事をするなんて、もってのほかだと考えていた。

それが離婚したことで、人生メチャメチャになってしまった。

現実逃避である。

とにかく仕事のプレッシャーから逃げたかったのである。

朝8時から夜11時まで働いていたのが、

離婚して子供達の世話をすると言う理由で、昼2時に仕事を終わりにすることになる。

それが、さらに飲酒に拍車をかけることになる。

もともと完璧主義の僕は、飲酒をすることによって

高いハードルを低くすることを覚えることになる。

アル中 アル中 アル中 アル中…

こうしてアル中伝説は、始まっていった。

ある夜、TSUTAYAに本を買いに行った時の事である

人が僕を避けるのである。(なんでやろ…)

つまり酒臭かったのである。

まあそれだけ大量の酒を飲んでいたのである。

しかし始まりがあれば、終わりがある。

厄年のある日、1本の電話が、かかってくるのである。

病院からだった。すぐに病院に来てください!!

血糖値が500ぐらいあったのだ。

しかし (また、どうせ肝臓が悪いんだろう)と思い

すぐには病院にいかず、酒をしばらく控えてから病院に行った。


入院…


一瞬目の前が真っ暗になった。母親に、染み抜きのやり方を教えて、

約2ヶ月の入院生活に入るのだが、これはこれで快適な生活である。

その間、1滴も酒を飲んでおらず

当然、酒は、止めなければならないのだろうと諦めていたのだが

悪魔の囁きが聞こえてきた。

ぼちぼち仕事が忙しくなり、退院することにした。

そして、今後の食生活の指導を栄養士の方から受けている時、栄養士さんが

「お酒を飲んでもいいですよウイスキーなんかカロリーも低いですし…」

正直、嬉しかった。

そしてジャックダニエルの水割りを1日おきに飲むようになった。

そんなある日、オヤジとトラブルをおこした僕は

ビールを2リッター飲んだ。やけ酒だ

それまではビールなんて飲んだら、体調がおかしくなるんじゃないかと思っていたのだが

なんともなかった。

再びアル中伝説が始まった。

つづく